一般社団法人 国際交流サービス協会

OECD代表部OB 渡邉友基さん

2016年7月~2018年7月 OECD日本政府代表部 渡邉 友基さん

*担当事項

OECDにおける援助・開発政策議論(開発援助委員会(DAC)、開発のための政策一貫制、開発センターなど)      

OECDカンファレンスセンター入口

 私は、外務省出身の参事官とJICAから出向の書記官、そして専門調査員の3名からなる開発班に所属し、主にDACと開発センターにおける開発協力政策や開発政策の議論を担当しました。また、持続可能な開発目標(SDGs)の担当でもあったため、ありとあらゆる業務に関与する機会を得ました。

 DACは、政府開発援助(ODA)のルールに関する合意形成や統計データ収集、そしてエビデンスに基づいた政策提言を行う機関です。ODAルールや統計と一言で言っても、取り扱う分野は多岐に渡ります。私は、各国の援助審査(ピアレビュー)やDAC関与拡大(アウトリーチ)等のほか、統計、環境、ジェンダー平等、ガバナンス、開発評価、紛争と脆弱性などの下部組織と呼ばれる専門家会合も担当しました。

 さらに、私が専門調査員として着任した2016年7月の1ヶ月前に、OECD加盟国と非加盟国が開発課題について議論を行うOECD開発センターという組織に日本が復帰しました。そのため、開発センターの活動内容への理解を先ずは深めつつ、その活動に対して日本の政策的インプットを行ったり、同センターのメンバーシップの拡大に向けて日本の戦略的立場から働きかけを行ったりしました。

 また、SDGsは分野横断的な目標であるということもあり、OECDの他委員会との関わりも多く、そして日本はSDGs推進本部を立ち上げて先駆的な取組を行っているので、そのアドボカシーも様々な場面で行いました。

 このほかにも、アドホック・ベースですが、OECDへの任意拠出金の調整や外務副大臣・政務官のロジ支援なども行いました。

*専門調査員になるまでの経歴、専門(学部、大学院、卒業後)

 上智大学外国語学部英語学科で国際関係学を副専攻し、3年次にはアリゾナ大学に1年間交換留学もしました。学士論文では予防外交について執筆し、紛争予防を効果的に行うためには政府、国際機関、そして市民社会が一体となってアプローチしなければならないという結論に至りました。当時は自分で書いていながら理想論であると感じていましたが、2030アジェンダの採択を受けてマルチステークホルダー・アプローチがここまで脚光を浴びるようになるとは思いもしませんでした。

 大学卒業後は、在クロアチア日本国大使館にて在外公館派遣員として勤務しました。交換留学が4年次にまたがっていたため就職活動に出遅れてしまい、かつ就職浪人をする経済的余裕もなかったところ、学部時代の先輩に同制度の存在を教えてもらい受験しました。在クロアチア大使館は小規模な公館で、当時は一人ひとりの担当分野が広く、様々な業務に携わることができました。当初は広報文化活動を担当し、初となる日本アニメ上映会を企画・運営したほか、茶道・華道・武道などの伝統文化に関するイベントを開催したり、日本語スピーチ・コンテストを運営したり、国費留学生の選考試験などにも携わりました。任期の後半は、秋篠宮同妃両殿下がクロアチアに御来訪されることとなり、そのロジ支援に回りました。非常にきめ細かい調整が求められる業務でしたが、こうした大型ロジをゼロから組み立てていく過程に携わることができて勉強になりました。プライベートでは、首都ザグレブが小さな街であるということもあり、現地のクロアチア人や様々な国の人たちと活発な交流があり、大変充実した生活を送ることができました。

 在クロアチア大使館での勤務終了後は、日本学生支援機構の海外留学支援制度(現在の大学院学位取得型)で給付型の奨学金と、ジョンズ・ホプキンス大学からのフェローシップを得て、ウィーン外交アカデミーとジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)の2校間の協力学位プログラム(Cooperative Degree Program)に進学しました。前者では経済学、国際法学、歴史学、国際関係学を多角的に学び、後者では経済学を中心に履修し、修士論文ではEUの難民・移民受入れ政策について執筆しました。大学院での2年間は図書館と自宅の往復生活でしたが、その後の基礎となる知識をしっかりと身につけることができました。

*専門調査員を知ったきっかけ

 在クロアチア大使館で在外公館派遣員として勤務していた際に、専門調査員の方がクロアチア国内の政治・経済についての情報収集を担当しており、その具体的な勤務内容を近くで見る機会があったことがきっかけです。

会合の様子

*専門調査員を希望した動機、期待していたこと

 在クロアチア大使館での勤務は、社会人としての基礎を学ぶ上で勉強になりましたが、政治・経済などのサブスタンスに関わる仕事がしたいと焦る気持ちが次第に強くなりました。大使館勤務を通じて専門調査員の業務内容を知り得たこと、そして私は中学生時代から国際機関での勤務を志していたので、OECD日本政府代表部という国際機関に対する職場での勤務はキャリアに直結すると考え応募に至りました。

実際の業務、任期中に書いたレポート、調査出張などについて

 業務の具体的な流れとしては、会合の1~2週間前に、OECD事務局から会合アジェンダが共有されます。これを受けて、外務省をはじめとする関係省庁と共に各議題に対する日本の立場をすり合わせます。その際には、各国代表部や事務局との意見交換や情報収集を行うこともあります。そして会議当日は対処方針に基づき、日本としての意見を発信し、その上で各国・事務局の反応や今後の進め方について議事録にまとめて外務省に報告します。大使や次席レベルが会合に出席する必要がある場合は、参考資料を準備してブリーフィングも行います。決定事項として議題に上がっている項目についても各国から様々な意見が出されるので、会議終了後1週間程度さらにコメントが受け付けられることが多く、会議の内容を受けた上で再度関係者と調整を行い、文章でコメントを提出することもあります。パリの長い夏季休暇と冬期休暇の時期を除いては、こうした会議が週に2,3回、多い時期はほぼ毎日開催されるので、様々な関係者と密接に連絡を取り合いつつ日頃から問題意識を共有しておくことが求められました。

 勤務開始直後、最初の3ヶ月間程度は、OECDの会議で飛び交う専門知識・用語に全くついていけず、また代表部内や関係省庁との調整を進める上での手順もよく理解しておらず失敗してばかりで、とても辛かったです。しかし周りの人たちに支えられながら仕事を進めているうちに次第に知識やノウハウが身につき、またそれに伴って自信を取り戻すことができ、最後の半年間は、会合で積極的に意見を発信することにやりがいを見出すまでに至りました。

 専門調査員としての勤務中は担当業務で手一杯だったので、研究・調査出張などを行う時間はなかなか取れませんでした。他方で、外務省と在外公館をつなぐ公電は2年間で300本近くは打ったと思います。外務省独特の言い回しや略語に最初は苦労しましたが、5W1Hや主語・述語を明確に、そして内容を簡潔に書く能力は相当鍛えられたと思います。当たり前のことのように聞こえますが、こうした効果的な文章を書くことは意外と難しいです。

*専門調査員後(現在も含め)の仕事と、その仕事(分野)を選んだ理由

 専門調査員の任期終了直後に、外務省が実施するジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)制度*に合格しましたが、実際の派遣日まで半年ほどの期間があり、またJPOとして移民・難民支援に携わることが決まっていたので、アジア福祉教育財団の難民事業本部において難民認定申請者の支援に4ヶ月ほど携わる機会を得ました。この求人は国際交流サービス協会から共有があったものです。同財団での業務は、難民認定申請者が自国から避難した理由や、日本での厳しい経済状況について連日インタビューするという辛い部分もありましたが、日本の出入国管理制度を理解し、また日本で難民認定申請者がどのような生活をし、どのような困難に直面しているかを知る良い機会となりました。

 かくして私は現在、JPO制度で国際労働機関(ILO)に派遣され、雇用政策局/開発・投資部/公共投資と雇用創出ユニットに所属しています。私の所属ユニットでは、主に地方のインフラに対する雇用集約型(Employment-Intensive)の公共投資を通じて、働きがいのある雇用を現地で創出しつつ、地域経済を循環させる目的のプログラムを扱っており、私は特に移民や難民、そして受入国の現地の人々の雇用創出を対象としたプロジェクトに携わっています。大学院での移民・難民に関する研究経験や、OECD日本政府代表部における開発政策に関する経験等がまさに直結しており、非常にやりがいを感じているところです。

*日本政府が経費を負担して、将来職員として残ることを前提に、国際機関へ邦人職員を派遣する制度

現在の職場:ジュネーブにて

*将来について

 JPOとしてILOに派遣された以上は、国際機関で生き残る努力をしなければなりませんが、将来はどの機関であろうと、移民・難民と開発という分野をライフワークとしていきたいと考えています。国際機関におけるキャリアアップのためにも、ある時点で博士号を取得できればよいと考えていますが、まだまだ先の話になりそうです。       

勤務先のILO本部にて

*専門調査員試験を受けるに当たってどのような勉強をしたか

 担当分野の筆記試験については、専門調査員の試験に向けて勉強したというよりも、大学院時代の勉強が試験結果に直結したと感じています。もちろん、試験前にはOECD全体やDACの関連ホームページを読んでポートフォリオを把握したり、外務省のホームページを読んで日本の政策的重点事項を整理したりもしましたが、それ以上に、大学院での勉強を通じて開発と経済に関する知識や、論理的に文章を構成するスキルはある程度身についていたため、試験に臨むにあたって特段の不安はなかったように思います。

 英語の筆記試験についても、大使館や大学院で日常的に英語は使っていたので、英語の試験勉強はしませんでした。英語の面接試験では、試験官との議論が白熱して長々と反論してしまい、やってしまった、と思いましたが、逆に語学力を証明することができたのか、合格することができました。

*受験を考えている方へのメッセージ

 私は国際機関におけるキャリア構築に向けたステップを逆算して専門調査員という選択肢に至りました。私のように、専門調査員をキャリアアップのためのツールとして捉えている方も多いのではないのかと思います。

 専門調査員の業務を通じて、担当分野における専門知識を深めるだけでなく、政府の意思決定プロセスを把握し、国内外の関係者とのネットワークを確保することは、キャリアを構築していく上で非常に貴重な財産になると思います。

 代表部の専門調査員ポストは競争倍率が高いため、私では合格は無理だろうと思っていましたが、実際にそんなことはありませんでした。皆さんも、関心のあるポストがあれば積極的に応募されてみてはいかがでしょうか。

特に国際機関での就職を考えている方へのメッセージ

 私のこれまでのキャリアは必ずしも最短ルートとは言えません。しかし、その過程で、私が関心を有する分野は何か、そして私の強み・弱みは何かを見極めることができました。また、そうした様々な場面で出会った人たちとの縁は何にも代え難いものです。これまでの小さな経験が意外なところで評価されるということも少なくありません。色々なフィールドで経験を積み、様々なステークホルダーの仕事を理解するということは、これからの時代、とても必要なスキルになってくると思います。その際に、専門調査員制度は、そうした貴重な機会を与えてくれる1つの選択肢になるものだと思います。

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